純愛モラトリアム - 2/7

 で、その日以来俺は、友だちの兄貴の友だち、っていう中途半端な知人だった藤原とわりとちょっと仲良くなったりする。
 なんでこの流れで仲良くなるかっていうと自分でもわかんないんだけど、結局カイザーに反省文への捺印をもらえなかった俺は翌日の放課後の、まだちょっと早い時間帯にもう一度総務管理会室を訪れて、そしたら今度はちゃんと藤原以外にも吹雪さんとかカイザーとかがいて、藤原は俺のことを見て「あっ」て感じの顔をして気恥ずかしそうに頬を緩めて、本当は判子だけ貰って帰る予定だった俺を引きとめてなんか奥にある小さな冷蔵庫からケーキとか出してくる。学校にケーキを持ちこむことのできる総務管理会をもちろん俺は気に入って、お詫びみたいな意味合いなんだろうそのチョコレートのコーティングされた甘いお菓子を遠慮なく頂いて、そのまま流れで宿題を教えてもらうことになって……っていう感じのことを何度か繰り返しているうちに、俺の放課後は総務管理会室にいるのが当たり前みたいになってきたのだった。
 管理会に所属していない生徒が室内にいることをカイザーは別に怒ったりしなかったし、カイザーが認めていることに文句をつけるやつはこの学校にはほとんど存在しなかったから俺は存分にあのふかふかのクッションの椅子に座って管理会室に居座ることができる。頭の良いヤツの巣窟みたいな総務管理会の先輩たちに宿題を教えてもらう。別に成績は上がらないけど、提出物だけは忘れないようになる。
 藤原のポケットや学生鞄にはいつもクッキーとかチョコレートとかが入っていて、俺は頻繁にそれを恵んでもらうわけだけれど、べつにあの日の口止め料とかそういうわけじゃなくて藤原は単純に甘いものが好きで、それを誰かに配るのも好きなようだった。俺が管理会室ですごすようになって一週間もしないうちに、翔とか万丈目とか明日香までやって来るようになって管理会室は俺たちの自習室みたいになってきて、邪魔になんないのかなーとかちらっと思うけどやっぱりカイザーはべつになにも言わなかった。吹雪さんは妹が来るのが嬉しいみたいで大はしゃぎでめちゃくちゃ構ってくるんだけどそのせいで執務が滞ってよくカイザーに叱られていた。藤原はそれを見て楽しそうに目を細めたりしてて、それで「食べる?」とか言って俺にも翔にも万丈目にも明日香にもちょくちょくお菓子をくれる。
 総務管理会室は居心地がいい。
 万丈目と明日香は後期の総務管理会役員候補みたいになっているらしくて、俺と翔がその日の宿題に頭を抱えている最中にも先輩たちからいろいろ教えて貰ってるみたいで充実した感じに見える。翔はカイザーの弟だから家に帰ればずっと一緒のはずなのに、学校で兄ちゃんががんばってるの見るのは好きらしくて俺になにかとお兄さん自慢をするわりにはコンプレックスみたいなものもそこそこ抱えてるみたいでたまに複雑そうだ。俺はそんな三人を見ながらとくになにをするってこともなくぼーっと管理会室の椅子に座ってて、宿題終わったら帰って、特別校舎まで移動するのが面倒な日はグラウンドで遊んだり、適当にマイペースに高校生活を謳歌している。授業は退屈だけど学校は楽しくて毎日いろんなことが面白い。
 藤原とはべつに特別仲良くなったってことはないんだけどなんとなく気になるし、向こうも気にしてるみたいでお互いに気まずいんだかくすぐったいんだかなんかよくわかんない感じになってて、でもまぁ、それなりに親しい友だちになったんだと思う。
 俺は藤原と、それから吹雪さんを観察する。そのつもりがなくても、やっぱりちょっと気になって眺めてる。
 あの日の放課後に聞いたことも本当かどうかわかんないくらい藤原は吹雪さんと普通に接してて、っていうかやっぱめちゃくちゃ仲良くて、事情を知ってるだけに吹雪さんが「藤原」って口にするだけでビクビクしてた俺もいつの間にか慣れてくる。
 藤原はこのままでいたいんだ、たぶん。特別になにか枠と形に嵌った名前のついた関係じゃなくて、ずっとこの管理会室の中で大事な友だちみたいな存在でいたいんだ。
 でも吹雪さんはそうじゃないらしくて、これはあとから藤原本人に聞いたんだけどこのあいだの告白は通算八回目のことで、高校に入学して一年の時に同じクラスで仲良くなってから大体年に四回くらいのペースで吹雪さんは藤原に告白してフられてきているのだった。
 これはこれで執念っていうかなんか、すごいなって俺は思う。八回もフられるって結構キツいはずなのに吹雪さんにそんな素振りはなくってこりゃあ九回目も近いなって感じで、一も二もなくあの重っ苦しい声で「無理。ぜったい無理」と返答してきたはずの藤原は、でも吹雪さんと喋ってるときすごく楽しそうで嬉しそうでなんか身体が軽そうな感じがする。吹雪さんのそばにいるときの藤原は空っぽにはならない。幽霊みたいに立ってるだけで精一杯みたいにはならない。
 でも藤原のなかにそういう愛情じみたものをめいっぱい詰め込むと、あの放課後のときみたいに溢れかえって飽和しておかしなことになっちゃうのも確かなんだろう。それがわかってるから藤原は吹雪さんの好きって言葉を拒むんだろうか。そういうのって、なにか解決策はないんだろうか。
 とか俺が考えたところでもちろんどうしようもなくて、結局本人たちの問題だろうからこっちから状況に手を出す真似はしない。藤原は俺の中でなんか良い感じに話とかできるふつうに優しい先輩ってポジションに落ち着く。暇なとき電話する相手リストのなかに藤原も入るようになる。
 俺は家とかにいて一人で暇だとケータイで適当な相手に電話かけてかまってもらうのが趣味っていうか癖っていうか、日々恒例のことで、用がないならかけてくるなとか万丈目あたりにはよく叱られるわけだけど、用がないから電話するっていうのはナシなんだろうか? 暇だからっていうより、用事を作るっていうか話題を作るっていうか、なんか楽しい時間を自分から見つけるために楽しい相手と電話をするのはおかしいんだろうか? ほんとは逢いに行って遊びたくても陽が落ちてから出かけるのも危なかったり億劫だったりするわけで、そういう退屈を穴埋めするためにケータイを使うのって変だろうか?
 俺は翔や明日香や万丈目や三沢やクラスのいろんな友だちに電話をして三十分とか一時間とか適当に会話してそれで満足する。藤原にも電話をする。藤原は受話器の向こうでなんで自分にかけてくるのかわかんないみたいな声で喋るけどでもけっこう嬉しそうで、聞き上手で、俺がクラスであったこととか一方的に喋っててもうんうん相槌打ちながら面白そうに聞いてくれる。藤原は話をするのも上手い。上手いっていうか、細かいところまで覚えてるみたいでなんか鮮明な感じがする。藤原の話してくれるエピソードの中にはだいたいカイザーと吹雪さんがいて、入学してすぐのころに英語の先生が漏らした不穏当な発言に屹然と立ち上がったカイザーが授業丸々潰してその先生を淡々と日干しにし続けた話とかそのときの吹雪さんの援護射撃の巧みさだとか、去年の文化祭に出店した吹雪さんプロデュースのコスプレ喫茶が学史に残ってもおかしくないくらいに盛況だったこととかそのときのカイザーの様子と準備期間から開催当日までの眉間のしわと溜め息の数とか、勉強とか学校とかの思い出話を中心にした藤原の言葉は聞き取りやすいし身近なことばかりで想像しやすい。藤原は電話越しに宿題も教えてくれる。受話器の向こうで調べるような気配はないのに俺がぽいぽい投げつける質問に素早く的確に答えを返してくる。頭が良いやつってすごいなーって俺は思いながら、勉強って理解できると楽しいもんなのかもしれないとか考える。まぁ俺は楽しくないけど、そういうふうに感じることも時々ある。うん、時々。
 藤原は吹雪さんの話もする。
 それは愚痴っぽかったりノロケっぽかったりいろいろだけど、ちょっと照れてるような拗ねてるような感じでどうするべきかわかんないような戸惑った内容が多くて、おおおこれって恋愛相談とかそういう系? とか思って俺はちょっとドキドキしたりする。そういうの俺にしてだいじょうぶ? 自慢じゃないけど俺は恋愛とかそういうの本当に経験なくて、中学のときなんてほんとからっきしモテなかったし、高校入ってから一回告白されたことあるけど相手はなんとまだ小学生なのだった。
 でも藤原はそういうの気にしてないみたいでぽつぽつと不安とか後悔とか口にする。吹雪さんはあの性格であの見た目であの雰囲気で当たり前なのか不思議なのかよくわかんないけど、とにかくなにかとモテるうえに他人の恋愛ごとに首を突っ込んでかきまわすのが趣味みたいな人だから、四六時中傍にいて八回も告白されてたところで、それでもなにを考えてるのかよくわかんなくなることが多いみたいだった。藤原はまるで片想いの相手について語るように吹雪さんを手放しで褒めたり、言外に詰ったり、かと思うとあからさまに嫉妬の感情を見せたりする。おお、これが恋か……とか俺は思って関心するけどそれと同時に、いや、だからお前なんでそれで付き合うところまでは踏ん切りがつかないんだよわけわかんねえ、とツッコミたくもなる。
 吹雪が吹雪が吹雪がって言ってる藤原は、まぁ、つまりけっこうウザくて、あーこの話早く終わんないかなーとか俺はちょっと思うけどもちろん言わないで、黙って藤原の話を聞く。そんな好きならさっさと付き合えばいいのにバカな藤原は自分の愛情を信じ切れずに内側に溜める一方でまた飽和しかけてる。
 もういい加減諦めちゃえよーって言いたいけどそれを言ってまたケータイ投げられたら困るから、いや電話越しなんだからその心配はないんだけど、でも自分の携帯電話が他人の手で床にぶつけられるあのショッキングな光景を思い出すだけで俺の心はギャーってなるから代わりに、「だーいじょうぶだって平気平気、お前考えすぎなんだよ」とか「もっとちゃんと信用してやれよ吹雪さんかわいそうじゃん」とか「だから吹雪さんべつになにも考えてないだけだってたぶん、そんなのお前だってわかってんだろ?」とか適当なことを言って励ましておく。本当に適当を言ってるだけなのに藤原はうんうんと俺の言葉を聞いて、だいたい最後には「うん、そうかもしれない」「ごめんね」「ありがとう十代くん」とか言うのだった。
 罪悪感。
 でも実際に藤原はそれでなんか納得したみたいな感じになるから結果的にはオールオッケーなんじゃないの? みたいに俺は軽く考えているわけだけれど、それはもちろんその時はそれなりにオッケーだとしても万事がオッケーってことはないようだった。その証拠に、ふだんは俺からかけてばかりのケータイに藤原からの着信がたまに入る。
 それはいつも夜の十一時とかくらいにかかってきて、へたをすると俺はもう寝てたりするわけだけど、間違いなく藤原からって表示されてるはずの携帯電話のむこうはずっとずっと静かでまるで本来なら電波なんて届かないはずの場所からかかってきているみたいだ。
「もしもし?」
「…………」
「……もしもーし、藤原?」
「…………」
「…………」
「…………」
「えー、もしもし? だいじょうぶか?」
「…………」
「……おーい……」
「…………」
「なぁ、もー。平気じゃないなら平気じゃないって言えよー、電話って話するためにあるんだからさぁ」
「…………」
「頼むって、マジで。なあ、だいじょうぶ?」
「…………うん」
 ふう、とひとつあったかい感じの息を吐いてから藤原は、ごめん、ありがと、とちいさく呟いて通話を切る。
 こういうのが一週間とか二週間に一回くらい、忘れたころにかかってくる。電話の向こうは不自然なくらい静まりかえってるけど大体なんとなく外の気配がして、たまに電車の音とか遠くに聞こえる。
 どこからかけてきてるのかわからないその藤原からの無言電話はなかなかにスリリングでホラーな感じで俺はまったく得意じゃなくて、毎回なにを言えばいいかわからないし、こんな時間にまだ肌寒い初夏の夜の下でケータイ握りしめてまた空っぽになってる藤原のことを考えると居場所を吐かせて迎えに行ってやったほうが良いのかなーとも思うけど、でもそれが俺のやるべきことだとはあんまり感じない。小学生ならまだしも高校三年の男が夜道を出歩いている程度で慌てて飛び出てく必要はないだろうし、そもそも俺はそんなに動揺してない。恐いのは藤原がなにも言わないからであってあいつが外にいるからじゃない。
 夜中の歩道だか公園だかどこか知らない藤原の居場所の向こうは本当に静かで人の気配とかなくて、正直そのほうが俺にとっては安心で安全だった。
 だってたとえば、しんとした受話器の向こうに藤原以外の人間、不特定多数の雑踏の足音ではなくて誰か一個人があいつのそばにいるとしたら、それはもう想像するだけで鳥肌ものだ。それはきっと吹雪さんとかカイザーとかそういう、あいつがそれなりに心を許している相手じゃなくて、もっとほかの知らない人で、そうやって誰かといっしょにいるのにケータイ握りしめて空っぽの顔で俺に無言電話をかけてくる藤原……。最悪すぎる……。
 そうなったときこそ俺は一目散に飛び出して、それかもっとちゃんと、落ち着いてどうするべきか考えて、大慌てでなにか行動を起こすべきなのだ。いまはそんなふうじゃないから、っていうかこんなイメージは俺の恐怖心が生み出したただの妄想だから、なにも焦ったり恐がったりする必要なんてないんだ。だからだいじょうぶ。
 それに電話をすることで、受話器の向こうに誰かの声を聞くことで、それだけで安心するって気持ちも俺にはちょっとわかるのだ。ほんのちょっとだけ。落ち込んだ時とか不安なときとか、あと寝る間際とか、よく知っている声を聞くと落ちつくし、それを思い出すだけでちょっとなんとかなるような気分になったりすることって、たしかにあるのだ。
 まぁ、だからって黙ったままで相手の声音だけ聞きとって満足するようなことは、俺はしたことないしこれからもする予定はないんだけど。
 とかそういうこと考えてて、俺は唐突に、あ! そうだ俺も無言電話やってみよう! と思いつく。そんな予定なんてなかったけど、ちょっとしたイタズラ程度になら試してみるのもアリかもしれない。藤原の心の内なんてわかるわけないけど、次にあの「…………」がやって来たときにどう対処するべきか他の人の反応も参考にしてみたい。よし、と決めてさっそく俺はケータイの発信履歴を開いてあんまり迷わずに万丈目に電話することにする。ピピッて聞きなれた電子音はいとも簡単に、うちから遠く離れた一等地に構える万丈目財閥の巨大な邸宅にまで電波を飛ばしてくれる。
 万丈目は通話のはじめに「もしもし?」じゃなくて「なんだ?」と言う。俺からだってわかってるからなのかそれとも誰に対してでもそうなのかは知らない。どうせ用事なんかないんだろうけど一応聞いてやるから心して答えろみたいな調子の「なんだ?」は本当にもう聞き慣れていて、俺もいつもだったら「いやーべつになんでもないんだけどさー」とかへらへら返すんだけど今夜は口を閉ざして黙っている。スピーカーの向こうから万丈目の声がする。俺は黙っている。万丈目が怪訝そうに繰り返し俺の名前を呼ぶ。それをひたすら聞いているだけの俺は、まぁわかってたけど、まったく面白くない。声聞いてるだけで落ち着くとか嘘だった、落ち着くどころか退屈だしむず痒い。
 あーやっぱ藤原のことなんてわかんねーって思いながら、それにしてもあの無言電話に怒ったりしないでちゃんと「だいじょうぶか?」とか聞いてやる俺って心広いなーととか考えつつ、さぁてそろそろネタばらししないとひとりで喋り続けてる万丈目がかわいそうだって思いはじめたころには、でも、「十代? おい、十代!」「どうしたんだよ、おい、なにかあったのか?」「黙ってないでなんとか言え!」「くそっ、おい、十代! 十代!」がだんだんシリアスな感じになってきてて俺は焦る。あれ? なんかやばい。
「あ、あー……」
「! 十代か!?」
「うん、まぁ、うん……」
 あからさまにホッとした声は完全に俺が悪の組織かなんかに浚われて閉じ込められてるのを信じて疑わないような切迫さで、ちょっとなんて言えば叱られずにすむのか俺には判断がつかないくらいの勢いで正直このまま電話切っちゃいたいくらいなんだけど、たぶんそれをするとGPS機能とかでうちまで乗り込んでくるに違いないってくらい万丈目が真剣なのがわかるから俺も逃げずに素直に謝ることにする。
「いや、悪い、ちょっと無言電話ごっこしてみただけ」
 万丈目の怒りは凄まじかった。
 怒髪天を衝くとはまさにこのことだと俺は耳から脳にかけて学習し、ケータイの向こうでまさに雷の如く怒り狂う万丈目に向かってリアルに土下座しながら謝ったけど許してもらえなくて、もうほんとに、ほんっとに反省してめちゃくちゃ謝ったんだけど全ッ然許してもらえなくて、罵詈雑言を浴びせられながらひたすら謝りまくる俺に向かって万丈目は「もうお前なんぞ知らん!」と一言残して通話を切った。
 さらに着信拒否された。
 俺はもうへこんでへこんで、べっこべこにへこんで、自分のバカさに呆れかえりながら枕に顔を突っ込んでマジでちょっとだけ泣いた。どうがんばっても電波の繋がらない携帯電話。あああもう、あーあー、なにやってんだろう……。
 この大失敗で俺がいったいなにを学んだかっていうと、面白半分に友だちに無言電話なんてかけちゃいけません、っていう小学生でも言われなくたって理解してるであろう常識的なことで、逆に言うと俺はつまり藤原から非常識な行為を受けていたってことになるわけだけれどそれを怒る気にはならない。万丈目がキレたのは俺の行動が、じょーだんじょーだんアハハーですまそうとしていたアホなものだからだ。藤原からの電話にはそういう下らないイタズラ心とか軽い気持ちとか含まれてない。……って考えるとあの無言電話はやっぱり重すぎて、俺が適当に「おーい平気かー」とか言いながらほいほい受け止めてていいもんじゃないような気がしてくる。
 なんだよ、もう……。何度も言うけど俺は本当に普通のただの高校生で、そういう重いものは持ちなれてない。教科書だって全部教室に置いてきちゃってるから通学カバンも軽いし、こんなバカやらかすくらい頭だって軽いし、運動は嫌いじゃないけど得意ってわけでもないから腕力とかあるわけでもない。これだけは誰にも負けない! って言いきれるようななにかだって持ってない。
 空っぽになってても飽和してても藤原は重くって面倒くさくって、でも嫌いじゃないから喋ったり遊んだりしてるわけだけど、実際あいつとはそうやって軽い調子でつきあうのこそベストで、あんまり深いとこに踏み込んじゃいけないような感じがする。たぶん本人もそれは望んでなくて、俺が適当に相手してるのが心地いいってとこもあるんだろう。人間関係の線引き。それでその線を越えようと一生懸命がんばってるのが吹雪さんで、たぶんそれはもうほとんど踏み越えてるのも同然で、あとはその関係と感情にきちんと名前をつけてやるだけなんだ。藤原がそれを認めて頷くだけで良い。
 ああだったらあんなふうに電話する相手は吹雪さんだけにしとけばいいのになーって思って、俺は気付く。そっか、吹雪さんじゃだめなんだ。
 吹雪さんだとちゃんと藤原を迎えにいって、たぶんいっぱい、優しい言葉とかかけちゃって、どれだけ心配したかとか全部伝えてくれるから藤原はまたいっぱいいっぱいになってしまう。飽和する。
 藤原が黙っているのは相手の声が聞きたいからってだけではなくて、たぶん本当はなにか言いたいはずで、そのなにかっていうのがなんなのか俺にはよくわからないけど、俺に電話してる限りその言いたい言葉はちゃんと出てこないはずだ。っていうか俺に言われても困る。吹雪さんに向けて発信するべきなんだ、それは。
 藤原の夜の電話が俺じゃなくて吹雪さんにかかって、それであの黙り込んだ静かな空の下であいつがちゃんと言いたいことを言えればいいと思う。その辺のものに八つ当たりしたり、無理だとか繰り返しぶつぶつ言ってないで。
 好きなだけいっぱいになって溢れたもの全部ぶつけちゃえばいいんだ。それで吹雪さんがどうするかなんてやってみないとわかんないし、まぁ七回も八回も告白してきてくれてる相手なんだからそんな悪いことにはならないはずだ。うん、きっと。
 ――……とかなんとか俺は考えて現実逃避をはかるわけだけれど、実際そんなどうでもいいことに頭を使っている余裕はない。俺は俺のことで手一杯だ。万丈目のマジギレ……着信拒否……うう、思い出すだけで心がひしゃげる……。

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