ボクはこうして、いわゆる並行世界、ボクでない天上院吹雪が藤原優介とともにすごしている『むこう』へと足を運んで生活することになった。金曜日の四時間目、週に一度しかない錬金術の授業。座席について教材を広げて教師の言葉を聞く、その次の瞬間にはボクの意識はどこか遠い宇宙のような空間にポイと放り出されて、気付いたときには別世界にいる。その瞬間移動を認識するのはいつだって唐突で、なにかがおかしいな、と思ってよくよく考えてみてはじめて、ボクはここが自分の居場所でないことを知るのだった。ちょうど、夢の中で夢を見ているのだと思い至る感覚によく似ている。
実際に眠っているのは授業中だけだけれど、向こうに飛ばされる位置やすごせる時間はランダムなようだった。長くて丸一日、短ければ三時間ほど、ボクは聴講と引き換えにこちらでの活動時間を得る。
他人の人生を代行するような行為はとても楽しかった。ボクは優介との約束を可能な限り忠実に守って、必要なシーンではこちらの天上院吹雪を難なく演じてすごしてみせる。男女平等に優しく、朗らかに、すこしハイになりすぎるくらいが丁度よく、表情豊かで饒舌で分け隔て遠慮なく他人にぶつかってゆく。そんなこちらの、ちょっと変わった吹雪。
優介が最初にその吹雪像を語ったときこそ若干引いたものの、それもボクの使用している身体のことだと思えば意外とすぐに慣れた。というか、楽だった。ものっすごく肩の力を抜いて、普段締めている部分を全開にしてバカみたいによく笑えば、それだけで話に聞いたこちらの吹雪に随分と近づくように思う。ボクは本人と話をしたことがないから実際のところはどうだかわからないけれど、でもきっと、ボクの作り上げた吹雪は限りなく本人そのものに近いはずだ。多少のテンションの差こそあれ、ベースはボク自身とそう変わらないのだから。
それでもときどき、『最近の天上院はときどき少しおとなしい』という評価を頂くことがある。どうやらこちらの吹雪は、想像を絶するレベルのフザケた奴らしかった。これ以上はボクには届かない領域なので、無理に近づこうとせず「そうかなぁ」と笑ってごまかす。
優介は相変わらずボクのことを嫌っていた。
というか、単純に吹雪のことが好きなようだった。
これは最初に会ったときから気付いていたけれど、どうやら吹雪は優介の大のお気に入りらしい。友だちの少ない彼が、特別に心を許している相手のひとり。それが愛情なのか友情なのか憧憬なのか、あるいは依存なのか、彼に吹雪として認められていないボクの視点からは判断しにくかったけれど、たぶん、一番近い感情は恋なのではないかと思う。
男同士でなにを気色の悪い、と思わなくもなかったけれど、それより先にボクはなぜか納得してしまう。そうか、彼は『吹雪』のことが好きなのか。そう考えれば、そりゃあボクのことを嫌うのも無理はないだろうなとすんなり受け入れた。
優介はボクが吹雪のフリをするのを嫌がった。吹雪に迷惑をかけないように行動しろと言ったのは自分のクセに、いざボクがこちらの吹雪らしく振舞うと、それはそれで気に入らないようだった。彼は吹雪のなかにボクがやってきたことを察知すると、とたんに不機嫌になる。今すぐにでも帰ってほしいと、あからさまに顔に出す。最初のうちこそ失礼なヤツだなと思っていたけれど、しだいにその物憂げで窮屈そうな表情を面白く感じるようになってきたボクは、優介が嫌がるのをわかっていて必要以上に彼に付きまとった。「仕方ないじゃないか、個人行動は避けるって約束したんだから、ネェ?」
「…………」
優介は、それはもう心底ボクを煙たがった。けれど、たとえば教室で、クラスメイトの前で『吹雪』を邪険に扱うわけにいかず、人前での彼は無理に笑みを浮かべてボクに接してくる。本物の吹雪と会話をするのと同じように。
ボクが彼にべたべたと触って過剰にスキンシップをはかって、藤原、藤原、と彼を構って、そうやってすごすことはクラスの中ではそれなりに日常的な光景のようだった。そもそもこちらの吹雪が破天荒な性質を惜しげもなく晒す変人であるため、これはすこしやりすぎかな、とボクの一般常識が囁くような行為でさえ周囲は呆れた視線で容認する傾向にある。ボクは吹雪のふりをして優介の頭を撫でたりお菓子を買い与えたり、意味もなく校舎の外へと連れ出したり、後ろから背を押してみたり逆に手を引っぱって人の輪のうちに彼を呼び寄せたり、はしゃいだり触れ合ったりからかったり嗜めたり、なんだかいろんなことをしてみる。
優介はそれらぜんぶを嫌がったので、ボクは面白くてしかたない。
単にボクが吹雪を演じることが嫌なんじゃなくて、たぶん彼は、ボクの言動が吹雪のそれと一致することが嫌なのだろう。彼とおなじ顔でおなじ声で、けれど『ぜんぜん違う目』をしたボクが、違和感なく自分のとなりに立つことが悔しいのだろう。優介は眉をひそめて少し身を捩らせながら無言でボクに「おまえなんか嫌いだ」と言い続けたけれど、その表情と視線のなかにはときどき、なにかやるせないような切なげなものがひそやかに入り混ぜられている。たぶんそれに含まれる感情は、情愛やら友情やら憧憬やら依存やら、そういうものにとても近くて、だからボクはそれを恋だと解釈することにした。藤原優介は『吹雪』が好きなのだ。
とはいえ、これは身体を借りている身としてのボクの直感なのだけれど、この『吹雪』、おそらく優介からのそういった視線にはいまひとつ気がついていないように思える。遠回しな言い方はせず、いっそ断言してしまおうか。天上院吹雪は、藤原優介から向けられている恋心に一切勘付いていないのだ。自らアタックしようなんて度胸もない優介は、日々積極的に自分を構って来てくれる『吹雪』に対してぼんやりとした好意をとことんまで内側に抱えて、この先の長い学園生活を謳歌してゆくのだろう。かわいそうに。
なんとももどかしく、それでいて実にありがちな恋愛模様だった。男同士のそんな関係、それも、もう一人の自分を巻き込んでの状況なんて、出来れば知りたくはなかったのだけれど。
そうは言っても、所詮は夢か現実かもよくわからないような世界での出来ごとである。そう目くじらを立てる必要はなかった。ボクはこちらでの生活をとても気に入っていたけれど、それは単純に、一年生という立場やすでに経験した授業内容に対する気軽さや、気心知れたクラスメイトがボクの知るのとはまったく違うデッキでふだんとは異なったデュエルを行うことへの興味や、同じ名前で同じ容姿の『天上院吹雪』の活動時間を一方的にジャックしているということへの優越や、なんだかそういった、どちらかといえばつまらない、幼稚な感情から生まれているように思えた。
だからつまりこの世界は、ほとんどゲームのようなものだった。現実にとても近い、けれどどこかバーチャルじみた非現実。
けれどどれだけ手軽で利便性が高くとも、内容が面白くなければゲームなんて続けてはいられない。
そういった意味合いで、ボクにとってこの世界の中心は優介だった。なんとはなしに危うく生きている、ひどく脆い素材で生成されたクラスメイト、藤原優介。
彼がいなければボクはこんなゲーム放棄している。あるいは、そもそも彼がいなければ、この世界に来ることさえなかったのではないかと思う。彼がボクを呼んだのではと、そんなふうに、らしくないことを考える。
* * *
昼休み、優介は購買で買ったパンを開封せず片手にぶら下げたまま、相変わらず胡乱な目でボクを見ていた。人気の少ない校舎裏はボクがボクとして彼に接することの出来る数少ない場所で、それと同時に、優介も肩の力を抜いてボクに嫌悪の視線を向けることの出来る絶好のチャンスなのだった。
多くの場合、ボクとふたりきりになりたがるのは優介のほうだった。他人の目にボクを晒すのと、密室でふたりきりになるのとでは、どうやら後者のほうがまだストレスは少ないらしい。なにせ『吹雪』を演じるのはけっこうな重労働なので、個人的には素に戻れる機会を頂けるのは願ってもないことなのだけれど、それを伝えればきっと彼はまたつまらなさそうな顔をするだろうから控えておく。
「パン、せっかく買ってきたのに食べないのかい?」
「……きみさ、こっちに来るための条件みたいなの、ひょっとして分かってるんじゃないの?」
ボクからの問いをわざと無視して、優介はじっとりとこちらを見た。どうも朝に顔を合わせてから、なにかと疑い深そうな視線を送られているなと思っていたけれど、なるほどそんなことを考えていたのか。
「なんのことだか?」
「とぼけるなよ。……最近、あまりに慣れすぎてる。来るタイミングも、帰るタイミングも、わかっててコントロールしてるようにしか思えない」
「そんなことないけど」
実際、そんなことはまったくありえなかった。たしかに条件そのものはわかっているけれど、所詮は授業中の居眠りがキーになっているらしいという程度だし、現実に戻るタイミングなんてまったく予測のつかない気まぐれなものだ。今まさにこの瞬間にでも、ボクはいつもの教室で目を覚まさないとも限らない。その場合間違いなく、問いかけにボクが逃亡を図ったものだと彼に思い込まれること請け合いなので、出来れば勘弁してほしかった。言い訳出来るのがいつになるかさえ分からないのだから。
わざと空っとぼけたふうに小首を傾げてやると、優介は実に鼻持ちならないというふうに顔をしかめて、手持ち無沙汰にしていたドローパンをようやく開封しはじめた。こういうふうにボクが思わせぶりに、いかにもなにか隠しごとがありますみたいな顔をしてみせるとき、彼はいつも以上に嫌気のさした顔をする。こんなふうに性格の悪そうなかわいくない表情を、はたして『吹雪』は見たことがあるんだろうか。そう考えるとなんとなく得をしているような、やっぱり損をしているような、複雑な気分になる。
優介は出てきたパンを見て、いっそう表情を曇らせた。どうやらハズレを引いたらしい。
「納豆おいしいのに」
「おいしくない」
「ひと口だけでも食べてみれば? 世界が変わるかも」
「絶っ対、食べない」
言いながら、独特の風味漂う納豆パンをボクに突きつける。自分で食べる気などかけらもないらしく、当然のように差し出されたそれを、結局ボクはありがたく頂戴することにした。代わりに、ボクの買っていたパンを渡す。
またしても彼の嫌いな種類だったらどうしたものかと考えたけれど、どうやらそんな心配は要らなかったようで、優介は遠慮がちに受け取ったパンを開封して静かに食べた。ありがとう、と小さく口にしてから。
最近あまりに慣れすぎてる、と、さっき彼はそう言ったけれど、それはたしかにその通りなのだろう。ボクがこちらに来ることも、優介とともに過ごすことも、当たり前すぎて異常性を失いつつあった。なんだかんだと言いつつ彼はボクの存在を受け入れていたし、ボクはボクなりに彼を気に入っていたし、なんというか、まるでふつうの学生生活を送るように、ボクは彼との時間を体感している。吹雪という名の見知らぬ自分の、その人生の代行ゲームは、次第に遊び心を忘れがちになっているように思えた。
つまり、わりと本気で、ボクは彼とこんなふうにすごす時間を楽しく感じていたりするのだった。特別なにか大きなイベントごとがなくても、昼休みにお互いのパンを交換するような、そんな些細なやりとりでさえ。
「あ、そういえば、つぎの授業ってなんだっけ?」
「実技だよ。……ああ、そうか、きみは知らないんだ」
相変わらず時間割をいまひとつ把握しきれないボクのお馴染みの質問に、優介はどことなく思わせぶりに目を伏せてから、ちらりと視線だけでボクの顔を見た。「デュエル演習、今日当たるの俺と吹雪の予定なんだ」
「……ヘェ」
彼の眼差しはどこか挑戦的だ。デュエリストたるもの、実力未知数の相手に興味を抱くのは当然のことだった。もっとも、ボクの本来のデッキはこちらには持ってこられないうえに、『吹雪』のデッキを勝手に弄るのは他でもない優介自身によって禁止されているものだから、ボクのほうは全力というわけにいかないのだけれど。
まぁ、そのくらいのハンディはあって当然なのだろう。なにせ特待生とはいえ彼はまだ一年生だ。身体はともかくとして、知識や経験はボクのほうが断然先輩なのだから、手加減してしすぎるということはないはずだった。
けれど優介のほうにも負ける気などないようで、ボクはその、おそらくボクに対する反発から来る闘争心に乗じて、ひとつ提案をしてみることにする。
「じゃあさ、せっかくだし賭けてみようか。今日のデュエル、負けたほうが勝ったほうの言うことをひとつ聞くっていうのはどう?」
「…………」
優介はまた、いかにも軽蔑しました、といった具合の白けた視線を寄こしてくる。それはもはやボクにとって馴染み深いものだったし、充分に予想できた反応だから気にしない。なんとも分かりやすいその潔癖さに満足して、ボクは手元に残っていた食べかけの納豆パンを口に放り込んで飲み下した。
――ボクが勝ったら、『きみ』なんて他人行儀で不自然な呼び方を止めて、ちゃんと『吹雪』って呼んでほしいな。
なんて、本当は言ってやりたいんだけど、そんな条件を素直に呑んでくれる優介ではないだろう。なによりその要求はあまりに虚しいので、ボクは心中で却下して、代わりに言った。
「そうだなァ……。ボクが勝ったら、好き嫌いせずに納豆一パック食べること」
どう? と訊ねると、優介は意外そうに目を丸め、大きく一度瞬いた。
「どうって……」
「学生らしい、かわいい賭けごとだろう? 誰にも迷惑かけないし、なにより納豆は健康に良い。うん、我ながら良いアイデアだ」
「……」
優介はやっぱり想定外だというふうにじっとこちらを見て、「本気?」とでも言いたげな視線を向けていたけれど、そうしているうちにどうやらボクが真剣だということは伝わったらしい。彼は神妙な顔つきで、人生を左右する選択のひとつにぶち当たったかのような生真面目さをもって、ひとつ頷いた。「わかった」
どうやら納豆一パックの罰ゲームは、そんなふうにしっかり噛みしめないと受け入れられないほどのものらしい。思わず少し笑ったボクに、彼はいつものとおり不服そうに唇を少し尖らせていた。
「それじゃあ、俺が勝ったときは、」
「ん? ああ、そんなの考えなくていいよ。どうせボクが勝つんだし」
それに彼の願いといえば、放課後は寮で大人しくしてろとか吹雪のふりしてナンパするなとか、そんな感じの内容に決まっている。下手をすればもうこちらへ来るななんて無茶を言われる可能性だってあった。そんなもの、聞きたくもない。
けれどそうやって鼻で笑って彼の言葉を遮ったボクに、優介はまったくもって心外だというふうに眉を吊った。語気を強め、
「俺が勝ったら、そのときはきみが板チョコ一枚食べなよ」
と、まるで吐き捨てるかのように言った。
その意外といえば意外で、けれど妥当と言われれば確かにそのとおりだとも思える要求に、ボクは少し押し黙った。なんだ、と思う。随分かわいげのあることを言うじゃないか。
「……言っとくけどボク、べつにチョコレート嫌いじゃないからネ?」
「え、うそ」
「うん、ウソ」
ぺろりと舌を出す。優介は変な賭けに乗ってしまったことを後悔するように間を一拍空けてから、キッとボクを睨み、ふいとそっぽを向いてしまった。そのまま立ち去るのかと思いきや、振り返らないまま、彼は言った。
「吹雪は、……実は、今まで一度も俺に勝てたことがない」
なにかを懺悔するような、特別な秘密をそっと公開するような、なんとも切実な声だった。それだけ残して、彼は今度こそ歩いて行ってしまう。ボクはその場に立ち尽くし、『吹雪』のあまりに残念なキャラクターに言葉を失うのと同時に、優介の残した発言の真意を探るべく深く息を吐く。
まぁ、そうだ。
たしかにボクは、通常の吹雪と極端に乖離した言動はしないと、優介と約束しているのだった。
「……そんな保険張らなきゃならないほどイヤかなァ、納豆」
とはいえ、ボクだって甘いものなんて食べたくないし、なにより人前で無様に負けるのなんて絶対にゴメンだ。約束もなにも知ったことではない。別に、『吹雪』が勝ってしまったところでこの世界の構築に大きな影響を及ぼすわけもないだろうし。
ボクは嘆息し、もう人通りの多いところまで歩を進めていってしまっている彼の背を追った。もはや容易くさえなってきた、天上院吹雪のスイッチを切り替える。
藤原、と声をかけると、彼は不承不承というふうに振り返った。ボクは微笑む。『吹雪』らしく、声をはりあげる。
「次の授業、絶対負けないからね!」
優介は目を丸め、それから、呆れ混じりに苦笑した。吹雪と違ってよく通るとは言い難い、吐息に色をつけたような囁かな声で返す。
「俺だって、負ける気はないよ」
ボクは駆け足で彼に追いついて並んで歩きながら、はたして吹雪ならこのことを誰かに言いふらすだろうかと考える。たとえば亮あたりなんかに、意気揚々と、藤原とこんな賭けをしたから絶対に負けられないのだと口にする。きっとそうだ。吹雪はそうするに違いない。
けれどボクはこちらの吹雪ではないから、すべての行動を彼と同一にさせる必要なんて感じないから、些細な賭けごとは胸中に閉まって誰にも言わないことにする。
涙目の彼に納豆を頬張らせる楽しみを、他の連中と共有するなんてとんでもない。
* * *
「最近楽しそうだな」と亮が言った。
目を覚ましたボクには、ボク自身の馴染みのデュエルアカデミアでの生活が待っている。こちらはこちらでもちろん充実していて、優介のもとから戻って来たボクは、相変わらずほとんど真っ白なままのノートを閉じて昼休みを迎えていた。ふんふんと鼻歌なんて歌いながら購買へと向かうボクに、亮はこれといって怪訝そうなようすも見せず、ただ事実を淡々と述べるようにそう呟いたのだった。
「あ、わかる?」
「お前の機嫌の良し悪しほどわかりやすいものはない」
「そいつはドーモ。キミに見透かされるとなるとよっぽどだネ」
まぁ、別に隠そうというつもりはないのだけれど、金曜のボクの楽しみを彼に話したところで保健室に連れていかれるだけだろう。友人に妙な心労を背負わせても仕方がなかった。亮はこれといって追及するような素振りはなく、ただちょっと呆れたふうに、「うるさく言うつもりはないが、授業くらいはまともに受けろ」と言った。「まったく、女のことになると本当にわかりやすいなお前は……」
「…………」
「? ……どうした?」
うっかり硬直したボクに、亮は今度こそ訝しげな顔を向けた。廊下は広いけれど、ボクらがそろって立ち止ると当然のように人目を引く。学内でのボクと亮の立場を如実に表す人の群れ。ボクはそれらの存在を一瞬本気で忘れ去って、不覚にもぽかんと素の顔を曝け出していた。
「……そう見える?」
「なにが」
「いや、最近のボク、お気に入りの女の子と遊んでいるように見える?」
「……」亮は問われていることの意味を図るように口を閉ざし、けれど結局、「違うのか?」と不思議そうな顔をしてみせた。
うーん、違う。大方は正しいけれど、ちょっとだけ違う。
突然の指摘にボクは少し驚いて、そんな自分が滑稽に思えて笑みを漏らした。亮は変わらず不審げな顔つきでボクを見ていたけれど、別段問い詰めるような真似はしなかった。察しは良いが余計な詮索はしない、ボクは彼のこういうところが気に入っているのだ。
間違ってはいないよと適当にごまかして、ボクは再び上機嫌で購買へと向かう。改めるまでもない、他人に指し示されなければ気付けないほど鈍くもないつもりだ。
けれど、はたしてどうだろう。
ボクの意中の相手が女ではなく男なのだと知ったら、いったい亮はどんな顔をするのだろうか。